父親の決めセリフ(父の日に思う)

母の日が過ぎて、父の日がやってきた。
父親が亡くなってもう30年以上になり、さすがに色々な記憶も途切れ途切れになるが、明快に覚えている事もある。

我が母校は駒場東邦といい中高一貫校で、東邦大学の付属校であり推薦で東邦大の医学部に10名程行けた。
大学受験が近づいた高3のある日、突然受験勉強が嫌になり、推薦の資格圏内に入っていた東邦大を、初年度の入学金が800万だという事を承知で、父親に、
「お父さん、推薦枠の東邦大の医学部に行こうかと思う」と言うと、
すかさず「東邦大はだいぶ金がかかるだろう。晴司、俺の体を逆さにして揺すれ。チャリンとした十円玉しか落ちてこないぞ」と述べた。
想像していたとはいえ、あまりにも明快な答えに唖然として従わざるを得なかった。
父親は生まれは東北の白河で、どちらかと言うと口下手ですぐに答えを出すタイプではなかった。
その時母親には何の相談もしていないので、あらかじめ答えを考えていたとは考えにくい。おそらく父なりに東邦大の事は知っていて、いつか私が言い出した時、カウンターパンチのようにウイットのある言葉で照れ隠しのように応酬しようとしていたのではないか。
当時の(50年前)800万といえば、今の3000万円位に匹敵するのではないか。
安サラリーマンの我が家でそんな金を用意できるはずもないのに、何にも考えのない私は父親に懇願したのだ。
その時の父はあらかじめ決め台詞を、悲惨にならないよう考えていたに違いないと思っている。
東工大に行け、早稲田の理工に行け、なぜならば日本はこれから理系の時代になる。文系の頭では日本では生きていけない。
大正に生まれ昭和初期からめんめんと続く戦争にかり出され、戦後の高度成長に翻弄された父の日本の行く末の予想は、半分当たり半分外れたように思っている。
そして歯医者になった私に一応納得した父と、今遭遇したならば、何という決め台詞を返してくれるかと思い、父の日を過ごしている。