女は裏切り、男は逃げる

長女が結婚する事となり、その婚約者と対面することとあいなりました。
婚約者はもちろん、長女もいつになく緊張ぎみで、思わず自分も30年以上前にこういう事があったことを思い出した次第でした。
婚約者はカチカチだったので、何かおもしろい話でもしてリラックスさせてやろうとして、とっておきの話を思い出しました。

長男が中学に入り、次男、長女がまだ小学生だったころ。
東京ドームに、巨人―ヤクルト戦を男3人で見に行くことになっていました。
ところが、いつも野球に無関心の長女が、どうしてもそれに加わりたいと、だだをこねたのです。
長男は「長女を連れて行っても、どうせ野球を見ないで、グッズ・ショップばっかり見るだけだから、連れて行くのはよそう」
との意見で、私も次男もそれに賛同していましたが、
長女は今回に限り「どうしても行きたい」と頑張るので、仕方なく連れて行く事となりました。
ドームにつくと結構いい席で、野球を楽しんでいると、長女がちょっと行ってくると言って、案の定うろうろし始めました。
追いかけていくと、グッズ売り場をうろうろしているので、野球を観戦している当方としては、席に着くことを促し、そういう事を3回繰り返しました。
やがて野球は終わり、巨人が勝ち、長男と私は大喜び、ヤクルトファンの次男はがっかりという展開になりました。
「あ、ヒーローインタビューだ」と長男の声で、私も次男も我を忘れて、ダッグアウト前のヒーローインタビューを見に、席から駆け下りました。
ヒーローインタビューが終わり我に返ると、長女がいない事に気が付きました。
長男、次男も「だから、連れてきたくなかったんだ」と、ブツブツ言っていましたが、こちらは北朝鮮にでも拉致されたかと青くなっていると、まもなくアナウンスが入り、
「ただいま、市島○○さんという8歳の女の子が迷子となり、お父さまを捜しておられます。心当たりのある方は○○までおいで下さい」
との事で、走るようにして3人で○○に行くと、そこには泣きはらした長女がおりました。
東京ドームから我が家に帰る途中、
「いいか、この事はママには言うなよ」
と、少なくとも3回は脅しを入れると、
「わかった」と神妙な顔をして長女は言っておりました。
家に帰り、玄関までママがお出迎えの瞬間、長女は
「ママ、パパたちったらひどいんだよ。
試合が終わったら、私をほったらかしにして、ヒーローインタビューを聞きに行って、私が迷子になって、放送してもらって、やっとパパが迎えに来たんだよ」
「マアー」
そういうことを予期していたかの如く、長男と次男は脱兎のごとく自分たちの部屋に消え去り、こちらは「この無責任者」とか言われて、たちまち地獄に落とされたようになって、ふと長女を見ると、
何と「アッカンベー」をしているではありませんか。
「クソー」
しかし、それにしても女は裏切り、男は逃げる。
将来が思いやられると思いました。

婚約者と一緒にいると、長女は神妙にすましていて、とうとう言う機会を逃しました。
そんな事を思い出しながら、ふと微笑んでいると、長女が不思議そうにのぞきこみ、もう20年前にいったん引き戻された記憶を、また現実に引き戻された一日でした。