魔法と使命

また今日も我が医院に4年いたOBのA君が開業地の相談に来る。
OBが考えていた場所は激戦地なのでやめるように示唆すると、開業業者からの“魔法”をかけられている彼はなかなか納得してくれない。

現在、藤沢駅周辺に歯科医院は65軒、大和駅周辺には45軒あると言われている。
以前藤沢の駅前で開業したOBは再三の制止にも関わらず開業し、結局すったもんだで3年で閉院する羽目になった。
その時は泣きつかれて、戻る事を条件に機械類を破格の値段で買い取った。
親が歯科医でない場合、駅前は業者にとって説得しやすい場所の様だ。
私も親戚に藤沢の駅周辺に歯科医院が何軒あると思うか聞いてみたら、10軒と答えたのはいい方で、中には3、4軒と答えた者もいた。
一般人の感覚とはそんなもので、親を開業地に連れて行って見せると、その通行人の多さに圧倒され「是非ここでやるように」という雰囲気になってしまう。
A君に適当な場所がないか聞いてくれと言われたので、30年以上の付き合いのある開業専門業者に電話するといつになく元気がない。
「先生、先生も知っている様に今開業はすごく厳しいです。
自分の知っているDr.で昨年と今年に自殺したのが5人もいる。」
と、きっとその中の何人かは実際関わったのではないかという様子の落胆ぶりだ。鬼の目にも涙というフレーズを思い出した。
彼はスーパーに歯科医院を誘致するのが得意だったが、肝心のスーパーが閉館する例が多く、流行っている歯科医院も閉院せざるを得ず、それも彼の良心を痛めつけているようだ。

よく歯科医院及びその機械を買い取ってくれないかとの話がくるが、その現地に行ってみて、アポイント帳を見ると大抵真っ白で1日に2~3人しか来ていなかった様子が窺われる。
ほとんど使っていないと思われるユニットやマイクロやCTが痛々しい。さぞかし落胆する気持ちで毎日を過ごしていたかと思うといたたまれない気持ちになる。

現在の歯科医院はマイクロ、CT、CADCAMなど新規開業医が周りの医院との差別化を考えるのに、誘惑の多い新製品が多い。
あの手この手で材料屋さんは“悪魔のささやき”を浴びせて新規開業医を誘惑する。
200m先の隣のなんとか先生はCTとCADCAMを準備して、圧倒的な患者数を誇っているなどの話をすれば、あっという間に、じゃ自分もという事になり、軽く予算は1億を超える事となる。
去年倒産したある歯科医院は気が遠くなるような負債で、その負債の返済は1ヶ月50万円でそれを10年続けるという状態で、これではついつい首を吊りたくなるのも解らなくはない。

そんなわけで、当グループから開業したいというDr.がいれば、私は徹底的にそれと付き合い調査をしている。
20件見ればやっと1件いい物件があるのが関の山という状態で、非常に大変な作業といえるが、そのDr.の将来がかかっていると思えばこちらも必死になって物件を調査する。
やめてもらっては困るDr.も多数いるが、そのDr.の将来の事の方が大切なので、あえて無視し、いい物件があれば良し、悪ければ悪いと正直に言っている。そのため私がYesと言った物件はほとんどのDr.が成功している。
開業地の選定相談は生涯の使命と決意し、必死になっている。