魅せらせて

作曲家の筒美京平氏が亡くなった。
ブルーライトヨコハマ、また逢う日まで、木綿のハンカチーフなど日本中がその時々で知らない者はいないというヒット曲を次から次へと作曲していった。

我が師、昭和大学教授W先生は昭和54年、私が卒業して2年目の時、東北大から赴任された。
その当時は医局で皆で食事をとるのが習わしで、どういうわけか先輩たちの陰謀で、私はいつも教授の前の席で食事をとらされていた。ちょうどその時テレビで「魅せられて」が流れていて、先輩たちから、教授がジュディ・オングがお気に入りという事を聞かされていた私は、噂通りに画面を食い入るように見つめていた教授に思わず、
「教授はジュディ・オングのファンというお話ですね。」と余計なことを口走った。
その当時、卒業すぐの若造の私にとって、教授は偉大な神のような存在だった。教授はあっさりと認めて、
「彼女はきれいだし色っぽいね」と顔を紅潮されておっしゃった。
その時の教授の照れくさそうな笑顔を忘れることはできない。
教授は昭和元年生まれで当時54才。私は27才の時だった。
その時以来懐メロで「魅せらせて」がかかると、その時のW教授の照れくさそうな顔が思い浮かぶ。
名曲はいつまでも人の心の中に生きている。
W教授のやさしい微笑みのある肖像画がかかっている私の部屋で、当時の事を思い出しながらこれを書いている。