A子さんの退職

猛暑である。
箱根の診療所の窓から眺めると、さすがに須雲川の水量も少なく、冬にはあれほどいた水鳥もどこに行ったのかと思う程、姿を見せない。

そんな折、事務のKさんから電話があり、戸塚医院の助手のA子さんから連絡があり、
「元の診療所に戻してほしいとの事でした」
A子さんは昨年まで横浜のS区の診療所で受付兼助手として働いていた。
ところが、昨秋そこの院長が突然50歳そこそこで亡くなられてしまった。
たまたま戸塚医院とその医院でWワークをしていたB衛生士の紹介で当院に面接に来ていた。
「亡くなられた先生の奥様に、再開したら戻ってきてね、と言われているので、戻ることを条件で働かせてもらっていいでしょうか」
A子さんはしっかりとした口調で、いかにも夫人に頼られそうなスタッフだと思った。
S区の診療所は小規模ながら着実な治療ゆえ、評判も高くなっていたようだ。
「いいよ、その時はその未亡人の力になってあげて。うちはそこまでのワンポイントで結構だ」
と私は言った。
何ヶ月か経ち、未亡人から、
「後を任せられる先生が決まったので、是非戻ってきてほしい」との連絡があったそうだ。
何やら聞いていてほっこり、ほっとするような話だ。
最近不人情な話が続いているなかで、いい話だと思った。
箱根の事務スタッフへ「何やらほっとする話だね」と言うと、
「本当にほっこり、ほっとします」と頷いていた。
元の診療所に戻り、未亡人の手となり足となりして頑張ってほしい。
「頑張れよ」と月並みだが言ってやりたくなった。