職人気質(カタギ)

ドクターも人数が増えてくると、多士済々になってきて、中にはかなり職人気質のドクターも現れてくる。ユニファストの粉が右、液が左においていないと、機嫌が悪くなるドクターがいて、きちっと言われた通りやらないと、一日中不機嫌になるので、アシストする衛生士や助手も何で怒っているのか理解できずに、うろたえることとなる。

寿司屋の板前さんにもそういう人が少なからずいて、よくケンカになる事があった。
東海道1といわれる沼津の寿司屋に行った時の事。
大好きなタコブツのツマミを食べ、その後中トロの握り、そしてアジのツマミと言ったところ、
「お客さん、どちらかに統一してくれないかな」と言う。
「エー」と私が解せない顔をしていると
「だからさぁ、やりにくいんだよねー。ツマミならツマミ、握りなら握りで統一してほしいの」
「そんな法律あんの。どう食べようと、私の勝手でしょう」と私。
そしたらその板前、真っ赤な顔をして引っ込んでしまった。
変な奴、もう二度と来るまいと思った。

次は、小田原で歯科医師会の理事をやっている歯科医師仲間で、30代の頃よく出かける寿司屋があった。
そこの板前というかマスターとは、結構気が合って通い詰めていた。
ある時、カウンターに座って、いろいろと注文していると、その日は最初から何かあったか知らないが、機嫌が悪く、信じられないようなセリフを言った。
「お客さん、相変わらずよく食うね」
と苦虫をかみつぶしたような顔をしている。
私も少し酔っぱらっていたせいもあって、
「お客さんがいっぱい食べてくれて経営できるんじゃん。ありがたく思わないとダメですよ」とやったら、
「それはそうだけどさー」とか言って、ますます不機嫌になった。
そこでやめておけばよかったが、そのマスターに
「野球のベースをひっくり返したような顔が、ますます醜くなるぞ」とやったら、本格的に怒り始めたので、今度はこっちが退散することとなった。
数日後、歯科医師会の先輩格の先生にその話をすると、大きな声を出して笑いながら、「先生、それはあのマスターの規格外だったからだよ」と言った。あのマスターは、普通に食べる人は7000円、よく食べる人は9000円となっているそうだ。ところが市島先生は、ウニだ、トロだと頼んで、むちゃくちゃに飲んで食べるから、計算できなくなるので嫌だったとのこと。確かにケンカする以前は、いつも9000円前後だったような気がする。
「計算すればいいんじゃないですかね」
「それをやらないのが、職人気質なんじゃないか」
なるほど、納得がいった。
その後、その寿司屋も行かなくなり、しばらくしてそこの近くに出かけたところ、すっかりと整地されていて、なくなっていた。
そこでまた、その先輩に、ホームベース君のその後を聞いたところ、大成功して小田原駅周辺に店を出したとの事だった。
一度友人に連れられてその店に行ったら、すっかり繁盛していて、ホームベース君は、寿司職人というよりマスターという感じだが、私の顔を見るなり笑顔が消えて、また不機嫌になってしまった。
ようするに、こんなのは職人気質ということばに甘えている、わがままなだけで、日本という独特な風土が許している寿司職人の態度なんだろうと思う。

歯医者の世界にとっては、ユニファストの液と粉が左右どちらに置いてあっても、関係のない事だと思う。ドクターと対衛生士、ドクターと対助手、受付でも、自分のそういう偏った考えにとらわれていくのは、例えその人間が出世しようが成功しようが、全体のチームワークを乱していい結果は生まれないような気がする。
正月に行った対馬で、寿司をほおばりながらそう思った。