第112回歯科医師国家試験を考える~国家試験の思い出~

平成31年2月2、3日に行われた歯科医師国家試験の結果が3月18日に発表された。
受験者3232人中合格者2059人で63.7%の合格率である。
実に1200人程が浪人の憂き目にあった。

私たちが受験した40年程前は合格率は100%近く、あまりの変化につくづく今の歯学生とその親御さんを気の毒に思っている。
最近は合格が決まると、本人はもちろんの事、親までが号泣するという話も解らなくない。何しろ落ちたら皆、国家試験専用の予備校に行かないと合格がおぼつかなくなる。月謝だけでも年間200万から300万かかる。親としては必死になるのも当然だ。
私は北大の6期(6回目の卒業生)だが、1期から5期までは100%合格をしていて、そろそろ不合格第一号が出るのではないかと囁かれていた。
何しろその頃の国試は実地とペーパーの2本立てであり、ペーパーはともかく実地は緊張のあまり、とんでもないミスをする者がいるとの事で、こと実地に関しては戦々恐々であった。
今と違ってどんなにのんきだったのかというと、当時の日記が残っているのでそれを見てみると、国試の前年の12月下旬に、そろそろ勉強しようと思うと書いてあり、準備期間は2ヶ月余りで1年がかり場合によっては2年がかりでやっている現在とは隔世の感がある。
それでも国試が終わり、自己採点して92%とれたという思い出がある。これで絶対合格と安心して発表の日がいつだったか忘れた頃、級友のMから突然電話があり、
「おい、市島。今年は1人落ちたらしいぞ」
「なに~本当か!」と言うとすかさず、
「噂では出席番号の上の方らしいぞ」との事。
出席番号の上の方はガリ勉(よく勉強する人)ばかりで、1人1人名前と顔を思い浮かべると、どれもこれも落ちるはずのない人間たちばかりだった。
きっと実地のどこかが試験官の目に触れたのかもしれないと思い、発表3日前位から眠れなくなり、もう1人の事情通の級友に、よせばいいのに電話をすると、「出席番号の上の方が落ちたっていうのは本当か」と聞くと、
「本当らしいよ。皆、市島しかいないと言っているぞ」と言われ、
「ふざけんなよー」と言いつつも目の前が真っ暗になった。
発表当日、やはり第一号が出てしまい、北大歯学部始まって以来の不合格だったが出席番号の一番後ろの級友だった。

昭和大に就職して、前年の国試の最高責任者だった東北大から赴任された和久本教授が、「市島君、北大もとうとう1人落ちたね」
という話をされてきて、
「ペーパーじゃなくて実地で落ちたと思うんですけれど」と言うと、「実地では今まで一人も落としていないんだよ」との事で、そんな話を知っていたら、実地の練習をあんなにしなくて良かったのにと思った。

和久本教授は晩年、国試を落ち続ける人間の対策をどうしたら良いか心を痛めておられて、衛生士と歯科医師、技工士の中間的な職種を作るしかないかと言っておられた。
何回も何回も落ちる国試多浪人。
しかし、その中には心優しい人間も多く、医療人として一番必要な人を思いやる心、優しいいたわりの心を持った者が実に多い。
ガリガリと国試勉強ばかりして、医療人としての心を持たない者と国試のみには弱いけれど、暖かい気持ちを持つDr.予備軍とがどれほどの差があるのかと、いつも疑問に思いながら仕事をしている。