僕って何

サッカーワールドカップが盛り上がっている。ネイマールやメッシのような、劣勢を一挙に優勢にもちこむような選手を見るにつけ、歯医者でもああいう選手ならぬ勤務医を育てたいと夢想してしまう。

この間、6月4日にオープンしたばかりの相模原16号医院の慰労会を開いた。
その席上で、U君が
「いいなぁ、ぼくも国試受かって、早く働きたいです」
としみじみと語っていた。
U君は今年、1点差とか2点差で国試に涙をのんだ人で、16号医院で1週間に1度アルバイトをしている。
今年の歯科医師国家試験は新卒73%、全体63%、合格者2025人という厳しさであった。
国試に関してのもう1つの問題は、学内選抜の激化である。私立大学は国家試験の合格率が入試の人気度に直結することとなり、各学年ごとに進級を厳しくして、国試の受験生を絞り込んで、なかなか卒業させないのが現状だ。
U君もごたぶんにもれず、何年か卒業延期になり、やっと卒業できた。従って、来年こそが本当の正念場となっている。

国試の問題が難しくなっていると多方面から聞いたので、私も今年度の国試の問題集を買ってみた。解いてみると、本当に難しい。
せいぜい4割から5割正答したら良い方だ。
問題の中には、この答えの正答を出すことに歯科医として、何か意味があるように思えないものも結構あった。
我々のころ(35年も前の頃だ)は国試には、実地試験があり、我々の関心はそちらに向いていて、実地では落ちる事はあっても、ペーパーでは、よもや落ちることはあるまいと皆信じ込んでいた。
事実国試の合格率は93%くらいだったと思う。
よって、余程勉強しないか、自ら何かの目的で放棄しなければ、合格するという時代であった。
しかし、これ程難しく、みょうちくりんな問題を出されると、何回も何回も落ちるという学生が出てくるのは、いたしかたないというのが現状である。
U君は顔では笑っているが、現状に対しては強烈な挫折感を味わっていると思う。
そして今後の人生設計には暗幕がひかれたままである。
歯医者にとって大事なのは、患者の要望を受け止める思いやりの気持ちと、口腔内を最善の状態にする技術と知識力だと思っている。
国立出身者は、国試を通る技術には長けているが、幾年にも及ぶ激しい受験勉強のせいか、自分中心に物事を考えている者が多い。
一方において、私学出身者はおっとりとした者が多く、国試には不向きだが、患者の信頼度では上回っているような気がする。
現実に昨年も、かなり苦労して卒業した私学出身のI君が当院に入ってきたが、今のところ何ら難点のないようなドクターに成長して、卒業後1年ちょっとで、インプラントも埋入できるようになっている。文科省と厚労省が相談して、医療費抑制策を話し合い、このような状態を作ったものと考えられるが、北大も定員を30→40→60→80と増加させ、また減少させようとしている。
当然、歯科医師が過剰になるのを解っていて、このような失態をしていて、いったん配置したものを(学生実習用の机や器具など)、定員を減らすにつれ廃棄して、また元に戻すようなことをし続けてきた。
それらの国家的責任を、今の国試受験生に負わせて、いたずらに問題を難化させ、合格率を60%を切る方向で、なんて言っているのはむごすぎる。
結果的に“僕って何”状態の、難民ならぬ浪人生が異常に増加している。
一方において、親の立場からして、こんなに歯科医になるのは難しく、なっても平均売上が開業医平均で330万という状態では、多少難しくて入るのが大変でも、2.3浪させて、医学部へ行かせるというのが、まっとうな考えとなり、結果的には歯学部には人材が集まらなくなって、大変な問題がおこりつつあると考えている。
このような悪循環は、10年後には表面化して、おそらく歯科医師は再び人手不足状態になるのではないだろうか。
歯学部を卒業しても、国試に受かって、歯科医師にならなければ、歯科の事をちょっと知っている普通の人。
従って“僕って何”状態に捨て置かれる人間を周辺で見るにつけ、何とかしてやりたいと思いつつ、何もできていないのが現状である。
2ヶ月に1度迷える子羊のU君を相手に口答試問をやる事にした。
最後に王貞治のことばをU君に与えたい。
“努力は必ず報われる。報われない努力があるとしたら、それは努力とは言えない”