Tと伝説のS教授の思い出

墓参りに行く。

墓参りに行くと、もう鬼籍に入った人の事を思い浮かべてしまうのは私だけだろうか。

同級生のTと、それが神と崇めていたS教授はもうとっくに亡くなっていた。

Tは独特な男で、兄弟が多いせいかいつも金に不自由していて、いつか学食でご飯とみそ汁とたくあん2切れの夕食を食べているところを見て、声をかけそびれた事があった。

Tはそれでも勉学は好きで、同級生の誰もが興味を示さない細菌学などに熱中し、足しげくS教授の主宰する細菌学教室に通っていた。

S教授は「Tちゃん」というニックネームで呼ばれ、学生から非常に人気のある先生であった。

ある時Tがほとほと金に困り、なんとS教授に金を無心に行ったそうだ。

「先生、実は金欠でお金を貸してもらえないでしょうか」と言ったとたん、TめがけてS教授のがま口が飛んできたらしい。

Tは驚いてS教授に問いかけたが、S教授は無言で仕事を続けていたらしい。

がま口を見ると中にはぴったりと折りたたんだ3枚の万札と幾枚かの千円札が入っていたらしい。

Tの推測によると、1期生と教授達は仲が良く、教授に金を借りるような猛者(モサ)がいたとかいう話で、それにしても話し終わらないうちに、がま口が飛んでくるのはすさまじい話であった。

その後Tは必死にアルバイトをして、S教授に返済をしたが、ペコペコとお礼を言うTにS教授はニタッと笑っただけで無言だったらしい。

後年Tには何回もこの話を聞かされた。

Tの目には時には涙が浮かんでいた。

S教授はおそらくTが返済をしなくても、何も言わなかったのではないだろうか。

自分がS教授の年齢を超えても、自分はそのような境地に達しているかと言えば、とてもとてもそのような事は成し得ないだろうと思う。

「神ってる」とかいう言葉が流行っているが、まさしくそのような“境地”に達していた先生だったと思う。

身の回りに、利害打算のみで動いている人間が多いなかで、山頂の上の一杯の清涼水のような話で、2人とも死んでしまった今日では、私にとって大切なかけがえのない思い出話となっている。