S先輩

暑い。

8月14日大学時代の寮友の、年4~5回やっている同窓会のため恵比寿のビアホールへと出かける。

会場に着くと、S先輩が例の如く「ガハハハハァ~」と豪傑笑いをあびせて「イチジマ、太ったんじゃないか」と優越感にひたったような笑顔を向ける。

はて、この顔はどこかでの思い入れがある、と思いつつ会話に入っていくと、「イチジマ、そんな腹をして何かスポーツやっているのか」と問いかけてきたので、待ってましたとばかりに「毎日プールで泳いでいますよ」と言うと、S先輩「泳いでいるのは何分だ」の問いに「1時間ですよ」と言うと「1時間じゃ駄目だ。俺は1時間半だ。

うちのプールにカボチャのおばけみたいに肥えたおばさんが来るが、30分しか泳がず毎日来ているのにかかわらず1mmも痩せない。

ガハハハハ…」と再び優越感にひたったような表情をする。

あの表情は学生時代から散々見せられている。

そうだ、あの時もこの表情で「ガハハハハァー」をかまされた。

もっとも、先輩のオツムには今より大分毛髪が残っていたが。

学生時代何が楽しみと言えば、ダルマストーブを囲んで“焼肉パーティー”をやる事だった。

後輩達3、4人がススキノのYuYu亭にもぐりこみ、確か飲み放題食い放題500円で、ポリタンクとビニール袋を持ち込んで、店主の目を盗んでたっぷりと肉(といっても羊肉)とビールをちょうだいしてくるのだった。(もう時効だと思う。その後YuYu亭はつぶれたが、たぶん寮生のせいだ)

焼肉パーティーにおいて、S先輩の食べるのの早い事と言ったら天下一品で、私がやっとたちうち出来る位で、他の皆は圧倒されてしまうが、その時はS先輩は若干調子が悪く、若手に押され気味だった。なにしろ後輩などは鍋に置いておくと取られるので、ストーブの煙突で焼いて食する者もいて、弱肉強食の世界だった。

あとちょうど肉が2、3人分残っていると思われた時、S先輩がとんでもない暴挙に打って出た。

なんと生のまま、その余った肉を口の中に放り込んだのである。

「ガハハハハァー」勝ち誇ったような笑いを皆に向けた。

ちょうど45年後の今のしたり顔と全く変わっていない。

新人をはじめ、皆はただただ呆然として肉をむさぼっているS先輩の優越感にひたった得意満面の顔を仰ぎ見るのだった。

「人間離れしている野獣だ」と私はつぶやいた。

S先輩は農学部の畜産科で全学のボート部に属していた。

その頃の北大としては唯一、全国レベルがボート部だった。

学生時代、埼玉の戸田で全日本レガッタに出場しているS先輩の応援に行ったが、寮にいる時には想像もつかない位颯爽としていて格好良かった。

S先輩は卒後、Y乳業に就職し食品偽装で世間を騒がしていた時はどこかの工場長をやっていた。

S先輩は都合の悪い時やしゃべりたくない時は、例の「ガハハハハ……」でごまかすので、子供が今3人いて男と女2人だという事以外は、奥さんとどこで知り合いどのように結婚したかなど、皆案外と知らない。

笑ってばかりいるので、お通夜とか葬式の時は向いていないと思い、寮の同窓が死んだときはどうなるかと思ったが、人一倍泣いていた。

「イチジマ、65歳になるといろいろタダになる。つくづく日本はいい国だ」と言っていたが65まであと1年半となっている。

今回集まった仲間が旅行を企画しているらしく、楽しく再会できるのを願いS先輩の満面の笑みを再び思い浮かべつつ帰路についた。

追記

7月15日の知床のクマの話で最初に逃げたのは寮の同窓で、故人となったI君でした。

ただし「クマだぞ、クマが出た」と大声で騒いだのは私だそうで、世の中記憶力の良い人はいるものだと思いました。