幸せの瞬間

歯医者をやっていて、我ながら大変な商売だと思う。
神経を抜く治療(根管治療)ひとつとっても、日本はアメリカの1/30の技術料の評価しかされない。
一般に保険に使う金パラ合金のパラジウムも暴騰して、プラチナと同じ位の値段になっていて、保険診療に赤ランプがともっている。
ここに来て、新規開業医の行き詰まりで4~5人の自殺者も出ている。

土曜日にしか来られないAさんは40代の1人親の方で、初診の時は大変申し訳ないけれども、生活に追われて歯を治すゆとりがないという患者さんと見受けられた。
口腔内を拝見すると、まさしく崩壊状態で、今まで歯医者に来るゆとりがなかったとの事。身なりもお世辞にも行き届いた感じはなく、保険内での治療を希望されていた。特に前歯がひどく、何本かは抜かなければならなかった。
必死で治す事半年。完全に治したつもりだった。
一応終了をもって1ヶ月検診をすると、もともと長身でモデル体型だったが見違えるような彼女が立っていた。最新のファッションに身を包み、思わず見とれてしまう程だ。
口腔内を見ると、初診の時と比較すると見違えるようだ。
今はCADCAM冠といって、前から数えて4番目5番目の歯も保険で白く出来たのが大きい。
「きれいになりましたね」と言うと、大きく頷いて「ありがとうございます」と言ってくれた。
もともと口数の多い方ではないが、その晴れがましい顔を見ると大変うれしく思った。
歯医者人生の中で大変少ない、それでも再びやる気を起こさせる一瞬であった。